THE HIGH LIFE MONACO

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エッセイ

2026.08.29

少し残念だったチャリティーガラ

先日、

カンヌ映画祭の期間中に開催された、

あるチャリティーガラに出席しました。

会場には、

往年のスターや著名なゲストの姿もあり、

とても華やかな夜でした。

写真映えする装飾。

ドレスアップしたゲスト。

赤いカーペット。

一見すると、

まさに「カンヌらしい」ガラだったと思います。

でも、

その華やかさを楽しみながらも、

私は少し違和感を覚えました。

それは、

チャリティーそのものよりも、

「どう見えるか」

が前に出すぎているように感じたからです。

もちろん、

チャリティーガラには華やかさも必要です。

人を惹きつけ、

参加したいと思ってもらうことも、

寄付を集めるうえでは大切です。

でも、

華やかさが主役になってしまうと、

「何のための夜なのか」

が見えにくくなってしまいます。

今回のガラでは、

いくつもの団体や活動に寄付をしているという説明はありました。

でも、

実際にどの団体へ、

いくら寄付されたのか。

どのくらいの金額が、

実際の支援に回っているのか。

その詳細が、

私には十分に見えませんでした。

チャリティーでは、

「寄付をしています」

という言葉だけではなく、

その先まできちんと伝えることが大切だと思います。

そして、

寄付を集めるためのオークションも、

前菜のあと、

かなり早い段階で始まりました。

そのまま一時間以上。

ワインも十分に注がれないまま、

ゲストは長いオークションに付き合うことになりました。

もちろん、

オークションが大切なのは分かります。

でも、

寄付をお願いする側だからこそ、

ゲストに心地よく過ごしていただくことも、

同じくらい大切ではないでしょうか。

今回、

私は何人かの友人たちと一緒に出席していました。

そのため、

友人たちとの会話もあり、

私自身は楽しい時間を過ごすことができました。

つまり、

「その夜を楽しめたか」

と聞かれれば、

答えはイエスです。

でも、

「チャリティーガラとして素晴らしかったか」

と聞かれると、

正直なところ、

少し違う答えになります。

もちろん、

美しいドレスも、

ジュエリーも、

華やかな会場も、

私は大好きです。

だからこそ、

それだけで終わってしまうのは、

少しもったいないと思うのです。

チャリティーガラは、

華やかさを競う場所ではなく、

誰かのために集まり、

その目的に共感する人たちが時間を共有する場所。

美味しい食事。

自然なサービス。

会話を楽しめる時間。

そして、

活動の意味がきちんと伝わること。

その流れの中で、

「この活動を応援したい」

と自然に思ってもらう。

私は、

そんな夜のほうが、

ずっと心に残ると思います。

そして10月には、

私自身も東京でチャリティーガラを開催します。

だからこそ、

今回の経験は、

私にとってとても勉強になりました。

私は、

品格はきちんと保ちながらも、

どこかアットホームで、

ゲスト同士が自然に会話を楽しめる夜にしたいと思っています。

豪華さだけではなく、

温かさがあること。

緊張感だけではなく、

居心地のよさがあること。

そして、

なぜこの場に集まっているのか、

その目的が最後まできちんと伝わること。

ゲストの皆さまが帰るときに、

「楽しかった」

だけではなく、

「参加してよかった」

「応援してよかった」

と思っていただけること。

それが、

私が目指したいチャリティーガラです。

華やかさではなく、

信頼が残る夜。

格式はあっても、

温かさのある夜。

私は、

そんなガラをつくりたいと思っています。